「ベンゾジアゼピン眼症」が明らかになる



記事の紹介

 読売新聞のウェブサイトで『向精神薬による目の異常「ベンゾジアゼピン眼症」の提唱 』という記事を見つけましたので、ご紹介します。心療眼科医の若倉雅登(わかくら まさと)医師が書かれています。

ベンゾジアゼピン眼症とは・・・

病名の文字面からは、まぶたがピクピクとけいれんするような病を想像するかもしれませんが、それはやや違います。①目を開けたくても容易に開けられない「開瞼かいけん困難」や、まばたきが増えたりリズムがおかしくなったりする眼瞼の運動症状、②まぶしい(羞明しゅうめい)、もしくは光過敏、目が痛い、目の周囲のしつこい不快感など感覚症状、③不安や抑うつ、不眠などの精神症状、の三つの要素が様々な度合いで混合する病気で、非常に治りにくいのです。症状は目やその周辺に出ますが、病気の正体は、脳の誤作動です。
引用:https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20180918-OYTET50030/

ベンゾジアゼピン系の作用の仕組み

「ベンゾジアゼピン眼症」は脳の誤作動で起きると記事に書いてあります。脳の誤作動で起きるのは眼症だけではありません。それが理解できるようにベンゾジアゼピン系薬はどういう仕組みで働く薬かを説明します。

 ベンゾジアゼピン系はGABA-A受容体作動薬の1つです。GABA-A受容体作動薬は共通の問題を抱えています。GABA-A受容体は脳に広く分布していて、興奮伝達を調節する部位です。ベンゾジアゼピンがGABA-A受容体に結合すると興奮伝達を抑える力を増強します。それによって、眠たくなったり、気分がぼんやりしたり、筋肉が緩んだり、けいれんが収まったり、記憶が曖昧になったりします。成分名で薬30種類あり、それを使った製品は添付文書ベースで約100種類あります。(※注釈1)

 GABA-A受容体作動薬はベンゾジアゼピン系(≒チエノジアゼピン系)だけでなく、類似薬の非ベンゾジアゼピン系そしてバルビツール酸系があります。処方薬ではありませんが、お酒に含まれるエタノールもGABA-A受容体作動薬です。これらを図1.に示します。

図1.GABA-A受容体作動薬

 ベンゾジアゼピン系は長期間連用することで、GABA-A受容体にダメージを与えてしまうことが問題です。それによって興奮伝達の調節が上手くできなくなります。GABA-A受容体が薬物によって影響を受けた結果、それに合わせて脳内の神経伝達物質が調節されますが、いつか破綻してしまうことが考えられます。ですからGABA-A受容体の問題だけに留まりません。医原病に発展します。

処方に関する法規制は十分かどうか

 日本ではベンゾジアゼピン系の連用が何日以上から長期間にあたるのか定義はありません。ベンゾジアゼピン系の中で向精神薬に指定されたものについては、1度に渡せる薬の量は成分により30日分か90日分です。最大日数には制限がなく、医師が必要と認めれば何度も受け取れます。平成30年度の診療改定で不安や不眠症状に対してベンゾジアゼピン系を12か月以上使用すると、診療報酬が減額されるペナルティーが設けられました。しかし、例外規定があって、不安又は不眠に係る適切な研修を修了した医師、あるいは精神科薬物療法に係る適切な研修を修了した医師、精神科医、精神科医から助言を受けている医師はペナルティーが除外される場合があります。稀かもしれませんが、医師が診療報酬を減らされても構わないと考えれば、期間制限はかかりません。最近の状況としては漫然処方を抑制する方針で法律が強化されています。

 イギリスではベンゾジアゼピン系処方を2~4週間までしか認めていないそうです。私の実感としてはそのぐらいの制限はあった方がいいと感じています。しかし、理由がイギリスはそうしているから真似るでは良くないと考えています。日本で独自に基準を決めなければ、基準に見直しが必要になった時に、人任せになりかねません。

薬物依存とは何か

 薬物依存とは何でしょうか?概要がつかめるよう、先に図2.を示します。

図2.薬物依存

 日本の精神科医は、患者に薬物への渇望が認められた場合に薬物依存と定義しているようです。薬物への渇望とは薬物を摂取したい気持ちと行動が抑えられないという意味で、これを精神依存と定義しています。精神依存の根本を探ると身体的依存に行きつきます。ベンゾジアゼピンの身体的依存は、GABA-A受容体の減少や損傷が発端になり起きます。しかし、精神科医は身体的依存を観察していません。患者の表面に表れている症状を見ているだけなので、薬物依存を扱うと精神依存だけになります。ベンゾジアゼピン身体的依存によって起きる症状は薬物への渇望だけでなく、GABA-A受容体が関わっている脳機能に関するあらゆる症状が現れます。代表的なものは不安、不眠、筋硬直、記憶障害、けいれんが挙げられます。薬物依存=薬物乱用者だと考えているなら間違いです。この誤解で被害者は意志が弱くてだらしない人物だと一般の人から見られて、とても孤独にさせています。

 大切なのは、身体的依存を作らせないことです。しかし、臨床では身体的依存を検査データとして記録していないので、身体的依存が起きているかどうかは分かりません。今のところ精神依存(渇望状態)を人の主観を通して観察するしかありません。誰でも出来る薬物依存対策は、薬を増やしたくなったら止め時かもしれないと予め考えておくことです。ここで問題になるのが、薬を摂取している本人がそれを判断できないような状況だった場合です。例えは子供で判断能力が未熟、予備知識がない、交通事故で意識不明などです。やはり法的に処方期間の制限を設けておくことは必要です。

 これまでの状況では薬物依存が起きても医師が責任を取る必要がほとんどありません。医療裁判の事例をみますと、医師が精神依存は認められなかったと言えばそれが通りますし、身体的依存はデータがないので証拠として出せません。患者側が薬物依存を立証することはほとんど無理だと分かりました。しかし、2017年3月21日に厚生労働省は指定のGABA-A受容体作動薬(ベンゾジアゼピン系≒チエノジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系など)に関して、常用量依存は起こり得ると認識を改めて、添付文書の改訂を日本製薬団体連合会などに通知で指示しました。これからはGABA-A受容体による常用量依存を起こさせない事が医師の責任です。

「使用上の注意」の改訂について 薬生安発第321001号

催眠鎮静薬、抗不安薬及び抗てんかん薬の「使用上の注意」改訂の周知について(依頼) 薬生安発第321002号

 しかし、あいかわらず臨床では身体的依存を検査して経過観察してはいません。理由は臨床で手軽に使える検査方法がないからだと思います。厚生労働省は身体的依存を起こさせない状況作りをしていますが、監査はできないのです。

薬物離脱とは

「薬物離脱」は一般の方に耳慣れない言葉だと思います。薬物離脱とは薬を適切に止める事です。簡単に離脱できれば、言葉を作るまでもありませんが、薬物の種類によっては大変難しいものです。ベンゾジアゼピン系は最も離脱するのが難しい薬物の一つです。麻薬であるヘロインよりも離脱が難しいと言われています。ベンゾジアゼピン系からの離脱が難しい理由は、GABA-A受容体の回復にはベンゾジアゼピン系からの干渉を減らすことが必要ですが、GABA-A受容体はベンゾジアゼピン系を減らしても直ぐには回復しないからです。GABA-A受容体の回復と減薬を両立させるのが相当難しい。両立させる手段として漸減(ゆっくり減らす)が推奨されますが、減薬量の調節が大変難しい。ベンゾジアゼピン系の種類によりTmax(最高血中濃度到達時間)やT1/2(半減期)は大きく異なります。ここでは割愛しますが、薬物離脱には薬学的知識が相当必要です。

GABA-A受容体の損傷が様々な悪影響を与える

 GABA-A受容体は興奮伝達を調節する部位で、生命活動に大変重要な役割を担っています。車で例えるとブレーキです。それが損傷してしまうと、自由自在にコントロールできなくなります。

「ベンゾジアゼピン眼症」もその悪影響の一つと推察されます。素人の浅学ですが、瞳孔が開くとき瞳孔散大筋が緊張し、閉じる時は弛緩するそうです。GABA-A受容体は筋肉の緊張と弛緩に関わっています。寝る前に睡眠薬を飲むと筋肉は緩み瞳孔は閉じますが、薬が切れかけた朝には筋肉が緊張し瞳孔が開き過ぎるのではないかと想像します。目には瞳孔散大筋以外にも多くの筋肉がありますから、影響は多岐にわたるでしょう。

 ベンゾジアゼピン系は人体の自己調節機能に干渉しすぎて、自己調節機能をアンバランスにさせてしまう危険性があります。もはや、処方薬として気軽に出していいものではないと、私は考えています。

希望の光

「ベンゾジアゼピン眼症」を提唱された若倉雅登(わかくら まさと)医師は神経眼科、心療眼科がご専門です。精神科ではない医師が、ご自身の専門分野の問題としてベンゾジアゼピン系を含むGABA-A受容体作動薬に切り込んでくださった事に感謝申し上げます。

注釈

  1. 例外的な存在を紹介します。ベンゾジアゼピン系のフルマゼニルはGABA-A受容体に結合するが抑制作用は表さない薬です。それによって他の作用薬が結合するのを邪魔します。これをGABA-A受容体拮抗薬と言います。日本では注射用液しかありませんから、一般の人が自己管理で使う薬でないので、目にすることはないでしょう。

参考資料


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